議論の整理・・・
1970年度の西ドイツは女性文学が盛んな年代だった。要因としてはピルの普及によって女性が自分の意思で妊娠・出産を調整できるようになったことが挙げられる。それによって母親になるという選択肢と社会進出して自己実現することの関係性に焦点が当てられるようになった。自然な行為であるはずの出産が社会や医学の管理下に置かれていることに反発する者や、母性というものに反発して不妊手術を受ける者を描かれるなど、母親になることについて問い直す流れがあった。例としては、カリン・シュトルックの「母親」(1975)やスヴェンデ・メリアの「母の十字架」(1983)などが代表的な作品として知られている。
問題発見・・・
妊娠・出産をコントロールできるようになったことで、女性の自己実現はそれまでよりも容易になったと考えられる。それは「母親になる」ことについて女性自身のイメージにどのような影響を及ぼしたのだろうか。コントロールが及ぶようになったことで妊娠の神秘性は減少したと予想されるが、その時、妊娠は厄介なものと考えられたのか、あるいは子供を持つことへの恐れが減って前向きになったのか。同時に理想の母親像はどのように変化しているのだろうか。
論証・・・
当時のジェンダーを扱った文学について幅広く研究することによって、上記の問いの考察を進めていく。他国の文学も参照したり、前後の時代を比較したり、あるいは出生率などのデータも参考にすることで、より地域や時代事の違いが明確になると予想される。
結論・・・
上記について貴学文化構想学部にてドイツ文学とジェンダー論に精通した松永美穂教授のもとで上述の研究を進めることを希望する。
松永美穂「ゲルマニスティクにおけるジェンダー研究」『ドイツ文学』105号(日本独文学会誌)1~1272000年10月–
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