■議論の整理
中国で家訓といえば、顔之推の『顔氏家訓』が挙げられるほど、彼が子孫のために残した家訓が有名である。宗教的には仏教よりである彼が、儒教の考えを元に、貴族の在り方を規定したこの書物は、封建的で、貴族的な色合いが強いものの、現代の家訓に通じるところのある重要な書物だ。
■問題発見
『顔氏家訓』に見られる、「家」制度や、「貴族」に対する言及には、婦女子の教育に対するジェンダー的な問題や、閉鎖的な婚姻観などの問題は当然あるが、それは彼だけの問題ではなく、当時の思想の潮流として当然な部分もあるのでひとまずおくとして、家や貴族を守るのに「学」が大切だと説いているところが重要だ。たとえば、当時としては珍しく、胎教を進めている箇所には、生まれてからの教育ではもう遅く、貴族として重要な教養を身につけることがはできないので、生まれる前から教育をすべきだ、というような思想を見ることができる。この思想はどのような要請から生まれてきたものであろうか。
■論証
当時の中国は、九品中正が叫ばれ、貴族が権力につくことをより要請された時代であった。その中で、顔之推は、いかに自分の子孫を導いていくかを事細かに記した書物を残すことになった。一族の繁栄と、後世までの面倒を彼はみようとしたわけである。
■結論
顔之推の著作を読んで得られるものは、家訓として何が大切にされたか、どのような思想が当時の貴族に要請されたかという知識のみならず、当時の貴族像を浮き彫りにしてくれることである。日本にたとえば同様の家訓書というものは、広範なものは見受けられないことからもわかるように、中国の貴族制度は、流動的で固定的なものではなかった。中国は古くから、格が変動しやすく、情勢も変化しやすい。その中で貴族が貴族であるためには、多くの人間と上手に世渡りすることが重要であったことが、この家訓書からは読み取ることができる。顔之推はコミュニケーションの取り方まで細かに記しているのだから※1。
■結論の吟味
生活の中の文書を解読することは、大文字の歴史書を読み込むことと同じくらい、民衆の生活史を理解する手助けにもなると私は考える。その読み込みを通じて、新たな側面を見つけることができたり、大きな思想とのずれを考えることもできるかもしれない。壮大な歴史の中の小さな点から広く、中国の民衆の思想をたどってみたいと考え、貴学への入学を希望する。
※1渡邉義浩「『顔氏家訓』における「家」と貴族像」『早稲田大学大学院文学研究科紀要』(64)2019
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