- 議論の整理・・・
自国という概念はそれだけでアイデンティティとなりうる強烈な意識をそこに住む人々に付与する。しかし、グローバル化する社会の中で、人々は異文化との交流を要求されることとなる。そして中には、一つの国にのみその帰属を求めない人々も存在する。彼らはどの様にそれらの国々と自己との同一性を見出しているのであろうか。
- 問題発見・・・
では、様々な国の文化について異文化コミュニケーション論からどのように分析することができるだろうか。
- 論証・・・
私はこれらの問題を解決するためには、異文化コミュニケーション論に対する理解を前提とし、異文化に置かれる人々がその文化をどの様に分析し、どの様なアイデンティティを形成しているのかを整理することが重要であると考える。たとえば、異文化コミュニケーション論の専門家である花光里香教授はセイが自らを“cultural hybrid”と呼ぶ理由は「所属していること」ではなく、むしろ「所属していないこと」にあると思われる。ある文化を深く知るには、「よそ者」にならなければならない。その文化の中にいては、当たり前に思われることばかりで、気づかないことが多いのである。距離を置いて、異なる視点で見なければ、文化を深く知ることはできない。セイは、人を異邦人にし、自分の文化を異なる視点で見ることができる旅の大切さを説きながら、ふたつの文化をよく知る自分はどちらの文化でも「よそ者」だと言う。と発表している。[1]
- 結論・・・
そこで、異文化コミュニケーション論について、異なる国で暮らす人々を専門的に研究するため、異文化コミュニケーション論について専門的知識に富む貴学社会科学部の花光里香教授の下で、上述の問題点を整理するべく異文化におけるアイデンティティについて研究を深めたいと考えている。
貴学社会科学部の花光里香研究会が上述の研究を進めるのに最適な研究環境との確信のもと、貴学社会科学部に入学し花光里香研究会に入会することを強く希望する。
[1]花光里香著『アレン・セイの「旅」I: ステレオタイプとアイデンティティ』(早稲田大学社会科学学会2014-12-25)
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