- 議論の整理
演劇は世界の在り方を舞台の上に模倣する。その為、アプローチは異なっているが世界の真理に迫ろうとする哲学思想とも関りが深いと言える。従って、演劇史と思想史を振り返ると両者が影響を及ぼし合うことが見て取れるのであるが、その関わりは16世紀から17世紀にかけての懐疑主義思想の登場によってより深いものになったと矢橋は述べる。懐疑主義は以前までのアリストテレス=トマス主義の直感的世界観を否定し、現実世界をも仮象の世界として相対化したのであるが、ここに演劇とのアナロジーを見ることができる。
- 問題発見
従って、17世紀以降の古典演劇には懐疑主義思想と対峙しそれを乗り越えようとする痕跡が見られるというのが矢橋の論であり、彼は特にモリエールの作品に強固な思想的基盤が存在することを指摘している。その論によれば、モリエールは「仮面」というレトリックを用いて人間の経験や感覚が容易に欺かれることを認めたうえで、それでもこの仮象的世界を生きる為に「仮面」を利用していかねばならないことを作品のテーマに据えているという。それでは、他のフランス古典主義の劇作家はどのように懐疑主義と対峙したのだろうか。
- 論証
喜劇作家として著名なモリエールとは対照的に、同時代にはコルネイユ、ラシーヌという優れた悲劇を残した作家がいる。喜劇が「仮面」におかしみを見出すのに対し、悲劇はこの「仮面」をどのように扱うのだろうか。私は悲劇において「仮面」は明示的に示されるものではなく、登場人物や観客も意識的にそれと気づかぬまま真実を装うことが悲劇性を生み出す源流となっていると考える。従って、悲劇のうちに「仮面」を見出すのは困難であるが、それが劇に与える効果という観点から懐疑主義との関わりを検討したい。
- 結論
上記研究を行うにあたって、これまで貴学において17世紀の演劇史を中心に数多くの論文を執筆してきたミカエル・デプレ教授のもとで学ぶことを強く希望する。
参考文献
矢橋透 (1996) 「劇場としての世界-17世紀西欧における演劇と思想の交流史」『岐阜大学教養部研究報告』 34, 277-286
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