- 議論の整理
ヴィクトリア朝時代にイギリス帝国は黄金期を迎えたと言われているが、その社会情勢は複雑きわまるものであった。階級構造が根強く残る一方で、産業革命が推し進めた近代化の波が大衆社会を形成し既存の勢力との間に対立が生じたのもこの時代である。19世紀英国小説はこのようなヴィクトリア朝時代の大英帝国を理解する一つの手がかりとなる。伊藤はディケンズの『オリヴァー・トゥイスト』における大衆の描かれ方を分析することで、その背後に存在する現実世界の大衆の姿を読み解こうとしている。
- 問題発見
そもそもヴィクトリア朝小説において群集は、主要登場人物の善良な人間性を強調するための対比となる非理性的な存在として描かれているのが一般的である。しかし、それを読む読者の多くもまた現実世界において大衆としてカテゴライズされる存在であることには違いない。伊藤はディケンズがこれを利用し、『オリヴァー・トゥイスト』を通して読者自身を小説世界の中の大衆とリンクさせ差異化するプロセスを繰り返しながら、大衆化しつつあった小説文化を再配置することを試みていると論じている。果たしてディケンズの試みは後の小説文化において成功したのだろうか。
- 論証
ディケンズの試みの背景にあるのは当時の小説のジャーナリズム化である。大衆の関心は起こった事件そのものに向いており、そこではその内容がいかにセンセーショナルなものであるかどうかだけが問題とされる。しかしながら、登場人物に寄り添いながら進行する小説の語りは、読者の視線を事件に関わる人々の心理的背景に移動させる効果を持っており、ディケンズはそこに小説の価値を見出しているのである。そこで、私はディケンズ以降の他の作家の小説の語りを検討し、それが想定する読者の像を分析したいと考えている。
- 結論
上記研究を行うにあたって、これまで貴学においてヴィクトリア朝時代の英国小説に関する数多くの論文を執筆してきた永海教授のもとで学ぶことを強く希望する。
参考文献
伊藤正範 (2020) 「『オリヴァー・トゥイスト』における群集表象とヴィクトリア朝の小説読者」『商学研究』67(4), 71-86
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