設問
以下のテーマについて、1000字程度で作文を書きなさい。
「異 議」
議論の整理→異議申し立てとしてのカウンターカルチャー
1960年代後半~70年代にかけて、アメリカを中心にカウンターカルチャーが流行した。カウンターカルチャーとは、いわゆるエリートを中心とした社会のメインストリーム文化に異議申し立てをする、反権威的文化のことである。実際、アメリカでは60年代から70年代にかけて、黒人解放運動や女性解放運動、ベトナム戦争に対する反戦運動の高まりなどが隆興し、現代では、性的マイノリティや少数民族がカウンターカルチャーの担い手となっている。
問題発見→日本のカウンターカルチャーの存在は?
このようにカウンターカルチャーは既存の価値体系に対する反抗、異議申し立てとして存在してきた。では日本におけるカウンターカルチャーはどのような存在だっただろうか。
論証→日本の上位文化とカウンターカルチャー
日本でも、アメリカを追随する形でベトナム反戦運動や大学紛争、性的マイノリティによる運動や女性差別撤廃の運動も起きた。このように、日本でも上位文化に異議を唱えるカウンターカルチャーは、一定に存在してきたといえる。しかし他方で、日本では欧米と比べ、カウンターカルチャーの存在が弱いと思う。たとえば、女性や性的マイノリティによる抵抗運動はあるが、体制を転覆するほどの強さでは主張されてこなかった。また、サブカルチャーの代表といえるオタク文化も、異議を唱えるというよりは欲望の具現化という側面が強い。これは、メインストリームである上位文化と、大衆的な下位文化の「差」が小さいからではないだろうか。たとえば、能や相撲などの伝統文化は男性社会である一方、保護が必要な存在である。上位文化が弱いため、それに対するカウンターカルチャーでも、異議を申し立てる必要があまりない、と言えるのではないか。これは一見、国内での衝突が回避されるため良いことだと思える。しかし見方を変えてみると、日本社会では他者との差異が無視される可能性がある、ということができるだろう。他者との差異は、主張されることなくメインストリームに回収され、結果として国家体制に異議を申し立てることもなくなるのだ。
解決策or結論→日本では上位文化と下位文化の差が小さいため、カウンターカルチャーの存在感が低い
このように、カウンターカルチャーは体制への異議申し立てにより、マイノリティの声をつぶさない役目を果たしてきた。しかし現代の日本では、社会の中の差異が小さいために、マイノリティの声が潰されてしまう危険がある。
解決策or結論の吟味→結論を吟味する
異議を申し立てることで、他人と異なる多様な意見を広く社会に届けることができる。だからこそ、異議を申し立てるということは日本社会でも重要ではないだろうか。(992字)
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