議論の整理(要約)
この文章で筆者は、日本の建築物に身を置いたときに覚える身体感覚は、時代を越えて共通していると述べている。その身体感覚とは、盆地のように周りが囲まれ、守られているという感覚である。日本の建築物は、中心が無で、その周囲に複数のシンボルが点在しており、シンボルとシンボルのあいだを人間が結びつけることに特徴がある。筆者は、理想の建築とは、自然のなかにおける身体感覚に近づけるものだと考えている。自然をモデルとする建築を実現することで、快適さにつながると筆者は考えている。
問題発見
筆者は、理想の建築とは自然に近いものであると言っている。私にとっての理想の建築とは、時代遅れを感じさせることなく、改修・改装を繰り返しながら、長きに渡って使用できるものである。具体的にどのような建築物が私にとっての理想と言えるだろうか。
論証
日本各地には、その地域のシンボルとなるような建築物がたくさんある。それらのほとんどは、有名建築家による斬新そして芸術的なデザインにより注目されてきた。斬新で芸術的なデザインを採用することで、建築物が完成したときにマスコミ等で取り上げられ、全国的にその建築物をアピールする機会となる。それが美術館や商業施設である場合、建築物そのものが集客力を持ちうる。そのため、とくに多額の予算を投じているときほど、個性的なデザインがほどこされる傾向がある。
しかしながら、インパクトがあるデザインを採用すると、10年後そして20年後に、「昔に建てられた建築物」「あのころ流行っていた建築物」など、目新しさよりも古さのほうが際立ってしまう。そのため私は、斬新さや芸術性よりも、いつまでも古さを感じさせずに使い続けられる建築物が理想的であると考える。建築物は、それが完成した時点で、完全なものと見なされる。私が理想とする建築物は、できあがったとしても、それを完成品と捉えないものである。
結論
それを完成品だと見なすと、それができあがった時点で、時と共に古びていく運命にある。しかし、時代のニーズに合わせながら改修・改装を重ねることで、その建築物は現在進行形で成長できる。成長のプロセスがあることで、人々はそれを古びたもの、過去に建てられたものと感じることは少なくなる。その結果、10年そして20年と、成長しながら長きに渡って使用し続けられるのである。
吟味
最初の完成時、その建物は未完成という位置づけになる。もしも私の理想が現実化するなら、その成長をプランニングする新たな職業があらわれるのではないだろうか。(1057文字)
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