議論の整理
私の志望理由は、千葉大学文学部人文学科で立花 幸司先生の公式ページに確認できるアリストテレス倫理学、徳倫理学、生命医療倫理、脳神経倫理、宇宙倫理を手がかりに、よい人生とは何か、よくなるとはどういうことかを学びたいからである。規則を守るだけでは答えが出ない場面で、人としてどのように判断し、どのような態度を育てるべきかを考える倫理学に関心がある。
問題発見
過去の経験として、部活動でけがをした友人が大会出場を望んだ時、本人の希望、健康への配慮、チームの期待が衝突した。正しい規則を一つ選ぶだけではなく、勇気、節度、責任、思いやりといった性格のあり方が判断に関わると感じた。高校の倫理では功利主義や義務論を学んだが、よい人になることや実践的な判断力をどう育てるのかについて、さらに深く考えたいと思った。
論証
立花先生の公式ページでは、「一度きりのこの人生をどう生きればよいのか」から出発し、「よい人生とは何か」「そもそもよくなるとはどういうことか」へと思考を広げ、倫理学上の諸問題に取り組んでいることが確認できる。専門として、人として素晴らしくあることを徳として捉え、徳ある人となることを論じた古代ギリシアのアリストテレス倫理学と、それを現代に復権させた徳倫理学の立場から考えていること、さらに生命医療倫理、脳神経倫理、宇宙倫理などの応用倫理にも取り組んでいることが示されている。
解決策or結論or結果
入学後に学びたいことは、倫理学、アリストテレス、徳倫理学、生命医療倫理、脳神経倫理、応用倫理、実践的推論である。ゼミでは、判断の正しさだけでなく、判断する人の性格、習慣、共同体との関係を考えたい。部活動で感じた葛藤を、身体、責任、ケア、自己決定の問題として深める。議論では、行為の結果や規則だけでなく、どのような人間関係の中で判断がなされ、どの徳が不足し、どの徳が過剰になり得るのかを検討したい。将来像は、医療、教育、公共政策、研究の分野で、制度や技術の進歩に対して、人がどう生きるべきかを丁寧に問える人材になることだ。
解決策or結論or結果の吟味
この志望では、徳を個人の精神論として単純化しないことが重要である。よい判断には個人の努力だけでなく、情報、制度、周囲の支援、文化的背景が関わる。一方で、制度だけを整えても、具体的な場面で他者をどう扱うかという問いは残る。古代の徳倫理学を現代の医療や技術の問題へ応用する際には、時代の違いと共通する問いを区別したい。特に生命医療や脳神経科学の場面では、本人の幸福、専門職の責任、社会の期待が複雑に絡むため、性急な結論ではなく判断の過程を吟味したい。立花先生の研究内容を手がかりに、理論と実践を往復しながら、よい生き方を考え続ける力を育てたい。
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