議論の整理
長尾直茂教授は、日本における中国通俗小説受容の研究と日本漢学の研究を専門としている。中国の通俗小説や漢籍は、近世・近代日本の知識人や読者に読まれ、日本の文学、思想、教育、出版文化に影響を与えた。漢文学は外国文学であると同時に、日本語文学の基盤を形づくった知の体系でもある。
共通の前提は、日本文学は日本語だけで完結してきたのではなく、中国古典、漢文訓読、漢学教育との関係の中で形成されてきたという点である。論点は、中国文学の受容を影響関係として単純に見るのか、日本の読者がどのように読み替え、翻案し、自国の文化に組み込んだのかまで見るのかにある。
問題発見
私が研究したい問題は、中国通俗小説が日本で読まれる過程で、物語の意味や人物像がどのように変化したかである。外国の物語は、そのまま移植されるのではなく、読者の倫理観、出版市場、教育環境、言語習慣に合わせて再解釈される。
現代でも海外作品の翻訳や映像化では、文化的な読み替えが起こる。前近代の中国文学受容を研究することは、異文化理解と翻案の問題を歴史的に考えることにつながる。
論証
中国通俗小説は、娯楽性を持ちながら、忠義、家族、政治、怪異、知略といった価値観を含む。日本の読者はそれを漢文訓読や和訳、抄訳、注釈を通じて読み、時に日本の物語や戯作へ応用した。
また、日本漢学は官学や教養の制度と関わる。漢文をどう読むかは、知識人の身分、教育、思想形成を左右した。受容研究では、原典、注釈、翻案作品、読書記録を比較する必要がある。
解決策or結論or結果
私は上智大学文学部国文学科で、長尾教授の中国通俗小説受容と日本漢学研究に学び、『水滸伝』や『三国志演義』が日本でどのように読まれたかを研究したい。具体的には、和刻本、訓点資料、翻案作品、読本を比較し、中国の物語が日本の読者に合わせて変化した過程を分析したい。
将来は、国語・漢文教育の分野で、漢文を暗記科目ではなく、東アジアの文化交流を考える入口として伝えたい。そのために、漢文訓読、中国文学、日本近世文学、書誌学を学びたい。
解決策or結論or結果の吟味
受容研究では、中国原典と日本側資料のどちらか一方に偏る危険がある。原典を読まずに日本での変容だけを見ると、何が変わったのか判断できない。
私は、中国語・漢文の原典読解と、日本側の翻案・注釈資料の分析を両立させたい。長尾教授の下で、日本文学を東アジアの文脈に置き直し、異文化が読まれ直される過程を研究したい。



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