議論の整理
森田直子教授は、近代ドイツ史、とくに感情史の手法を用いた研究を専門としている。研究紹介では、ドイツ語圏の決闘を、感情史、社会史、ジェンダー史の手法で分析し、名誉や男らしさの観念が近代社会でどう機能したかを考察している。
共通の前提は、感情は個人の内面に閉じたものではなく、社会が作る規範や制度と関係するという点である。論点は、決闘を暴力的な慣習としてのみ見るのか、名誉、男性性、階級、政治文化を示す歴史事象として読むのかにある。
問題発見
私が研究したい問題は、近代ドイツ社会において、名誉や怒りといった感情が、男性性や暴力をどのように正当化したかである。決闘は命を危険にさらす行為でありながら、一定の社会では正々堂々とした行為とされた。
現代でも、名誉、体面、男らしさが暴力や排除を支える場面がある。過去の感情規範を分析することで、現代のジェンダー問題を歴史的に考えたい。
論証
感情史は、怒りや恥、名誉が時代や社会によって異なる形で学習されることを示す。決闘をめぐる言説を読むと、暴力が個人的衝動ではなく、社会的に認められた感情表現として位置づけられていたことが分かる。
また、ジェンダー史の視点を加えれば、男性性が身体、勇気、名誉と結びつき、女性や下層民を排除する規範として働いた可能性を検討できる。
解決策or結論or結果
私は上智大学文学部史学科で、森田教授の近代ドイツ史、感情史、ジェンダー史に学び、決闘をめぐる名誉と男性性の歴史を研究したい。具体的には、新聞、裁判記録、回想録、規則文書を用い、決闘がどのような感情語彙で正当化されたのかを分析したい。
将来は、ジェンダー教育や歴史教育の分野で、現代の常識を歴史的に相対化する学びを作りたい。そのために、ドイツ語史料読解、西洋近現代史、感情史の方法を学びたい。
解決策or結論or結果の吟味
感情を歴史資料から読むことには、内面を直接確認できないという難しさがある。言葉に残された感情表現が、実際の感情そのものとは限らない。
だからこそ、私は感情を個人心理としてではなく、社会的に共有された語り方や規範として分析したい。森田教授の下で、感情という視点から近代社会の権力関係を研究したい。
名誉や恥をめぐる言葉が、誰に発言権を与え、誰を沈黙させたのかを検討することで、感情とジェンダーの歴史的な結びつきを明らかにしたい。
その成果を通じて、現代の暴力や差別を個人の性格ではなく、社会が作ってきた感情規範の問題として考える視点を得たい。



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