議論の整理
北條勝貴教授は、日本古代史、東アジア環境文化史、パブリック・ヒストリーを専門としている。研究紹介では、自然環境と人間との関係をユーラシア東部の広い地域、古代から現在までの長い時間の中で、モノ、文献、フィールドワークを用いて総合的に研究するとされている。
共通の前提は、歴史は過去そのものではなく、現在の視点から構築されるナラティヴであり、未来にも影響するという点である。論点は、歴史研究を専門家だけのものにするのか、多様な人々と協働して公共的に開くのかにある。
問題発見
私が研究したい問題は、日本古代史を、環境と人間の関係、そして公共的な歴史実践の両面からどう語り直せるかである。古代史は国家形成や政治制度に偏って語られやすい。
しかし、祭祀、気候、動植物、地域の記憶、民俗的実践を含めれば、古代は現代の環境問題や多様性の課題ともつながる。
論証
古代史の文献は限られているため、モノ、遺跡、フィールドワーク、民俗資料を合わせて読む必要がある。これにより、政治史だけでは見えない生活や信仰の層が浮かび上がる。
また、パブリック・ヒストリーは、歴史を一部の権威が独占せず、多様な人々と検証し共有する姿勢を求める。歴史の歪曲を防ぐには、史料批判と公共的対話の両方が必要である。
解決策or結論or結果
私は上智大学文学部史学科で、北條教授の日本古代史とパブリック・ヒストリーに学び、古代の環境文化と現代の地域記憶の関係を研究したい。具体的には、神話、祭祀、地域伝承、環境変化を対象に、文献とフィールドワークを組み合わせたい。
将来は、地域博物館や文化政策の分野で、住民と協働してフェアな歴史を作る活動に関わりたい。そのために、古代史料読解、民俗学、フィールドワーク、展示実践を学びたい。
解決策or結論or結果の吟味
公共性を重視すると、学術的厳密さよりも分かりやすさが優先される危険がある。一方で、専門性を閉じれば歴史は社会から離れてしまう。
私は、史料批判を基礎にしながら、多様な人々と歴史を共有する方法を探りたい。北條教授の下で、過去を通じて現在を批判的に見据え、未来を構想する歴史学を学びたい。
そのために、研究成果を論文内に閉じず、展示、まち歩き、地域資料の整理などを通じて、歴史を社会に返す方法も実践的に学びたい。
公共的な歴史実践では、専門家の説明だけでなく、地域の人々の記憶や違和感も検証可能な問いとして受け止める姿勢を大切にしたい。



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