早稲田大学 教育学部 外国学生入試 志望理由書 提出例(桑子利男ゼミ向け)

■議論の整理

『笑い』がいつ起こるかについて、ベルグソンは次のように述べている。「或る情況が全然相独立している事件の二系列に同時に属しており、そしてそれが同時に全然異なった二つの意味に解釈できるとき、その情況は常に滑稽である」。これはどのようなことを指しているだろうか。

 

■問題発見

意味が散逸するという意味ではナンセンスは、一つの意味がほかの意味にもとれてしまうことという、古来より伝わるレトリックの一つとして解釈することができる。しかしこのナンセンスはいったん、言葉が意味から剥がれ落ちるという点で不穏な様相を常に帯びていることにも注意しなければならない。

 

■論証

ナンセンスが、一つの意味がほかの意味に転じることという様子だとしたら、その前に意味の剥がれ落ち=ノンセンスが先行して起こっていることになる。つまりソシュール言語学的に言えば、シニフィアンがシニフィエから剥がれ落ち、いつまでも横滑りしそうになる危うい状態のことをここではノンセンスと呼ぼう。

 

■結論

ノンセンスは、ある意味で隠喩が機能しない危うい状態である。言葉が意味に係留されているとき、その存在は確かなものになり、その話者も世界に安定した構造を持たせることができる。しかしノンセンスが保持されてしまえば、その世界でラングが機能しなくなり、不安定な構造が永遠と続く、狂気に満ちた世界になるだろう。『不思議の国のアリス』はそのような意味でノンセンスな文学であるが、一方で、ノンセンスがすぐナンセンスに転じることでノンセンスの狂気を回避していこうとする作品がある。それがシェイクスピアの『間違いつづき』という作品である。

 

■結論の吟味

この作品は、双子が二組、しかもその名前がそれぞれ同一名称という実に周到に仕掛けられた作品である。それぞれが他方との入れ違いが起こることで、一人が二人の意味を持ち、間違いが続いてしまうという喜劇だ。しかし自己の存在がどこにも係留されなくなる不穏な一瞬に、ノンセンスからナンセンスに回復させる「魔法」「魔術」という装置もシェイクスピアは外していない※1。このようなノンセンス文学に表れる意味と非意味の関係性を探究してみたいと考え、貴学への入学を希望する。

 

※1桑子利男「ノンセンス文学としての『間違いつづき』」『リーディング』5 大学院英文学研究会1985

 

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