議論の整理(要約)
デモとは、デモンストレーションを省略した言葉で、何らかの主張、意志、思想を持った人々が集まりそれを対外的に表明するために行動することを意味する。デモにおける行動パターンとして、広場などに集まって主張を訴える、プラカードを持って道を歩く、抗議する相手の前に座り続けるなどが挙げられる。デモにより特定の場所を専有する場合、あらかじめ警察の許可を取る。また、デモのあいだ、警察がついて監視することもある。抗議がエスカレートして、暴力を伴うようになったら、それはデモではなく暴動となる。デモから大規模な暴動に発展するケースも少なくない。
問題発見
日本では、デモ=政治的に極端な思想を持っている人の行動と思われがちだ。それにより国民の政治参加が遅れているとも言える。そのような現状を変えるため、デモを適切に伝える方法はあるのだろうか。
論証
デモに参加すると自分に不利益が生じる、社会における居心地が悪くなるイメージが強い。若い世代は、デモに参加すると、友だちがいなくなる、就職できなくなる、会社にいられなくなると考える傾向がある。もちろん、私を含めた若い世代にも、政治に対する主張や、ものごとに対する意志、このようにあって欲しい未来がある。政治家や、ものごとを決定できる組織に対して、意志表示したいと考えている人は多いだろう。
最近、香港で若者を中心に組織されたデモは、日本人の若者に強いインパクトを与えた。その理由となるのが、デモを組織する中心人物のひとりが、日本に留学した経験がある学生だったことである。国を変えようと行動を起こし、世界に注目される姿を見て、私自身も影響を受けた。
香港の学生デモは、中心人物がたびたび警察に拘束されるなど、身の危険にさらされている。これは、デモと暴動が混同されていることも大きい。日本の場合、適切な手続きさえ踏めば、デモをする権利は保証されている。日本のメディアは、デモを誤った行動として報道することはないものの、スルーしていることも多い。その結果、デモという行動が、偏った思想を持った人たちの特殊な行動と見なされるようになってしまった。
結論
そこで、デモに参加することの意味や適切な参加の仕方を、メディア等を通じて発信することが大切である。同時に、自分の主張や意志を持てるように、早期から授業等でディスカッションする機会を設ける必要もあると考えている。
吟味
日本では、デモという行動そのものが減少する一方、SNSを通じて発信するケースが増えている。そこでデモという考え方そのものも変わっていくのではないだろうか。(1072文字)
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