議論の整理(要約)
この文章では、「覚える」と「分かる」の違いに注目しながら、どうして「分かる」ことに、私たちは楽しさを感じるのかを分析している。筆者によると、覚えることと忘れることはワンセットである。覚えている状態を維持しなければ、元に戻ってしまう可能性があるので、私たちは気が重くなる。それに対して、分かるという言葉から、元に戻る状態を連想することはない。そこから筆者は、覚えるは可逆的な言葉で、分かるは不可逆的な言葉であると結論づけた。
問題発見
私は、受験勉強をしているこき、分かるという言葉からポジティブな気持ちになり、勇気づけられることが多かった。
論証
受験勉強中、私たちはたくさんのことを覚えなければならない。教科書や参考書を見ながら覚える努力をしている。寝ている間に忘れるのでは、試験のときにど忘れするのではと、不安を感じながら勉強に取り組む受験生も少なくないだろう。
高校や塾の先生、両親、友だちと試験について話すとき、「ちゃんと覚えた?」「忘れていない?」と問われることが多い。そして私自身も、「覚えられているか不安だ」など、知識として定着しているかどうかを、覚えるという言葉で表現していた。
しかしながら、塾の先生のひとりは、覚えるという言葉を使っていないことに気が付いた。先生の口ぐせは、「どう、分かった?」「ちゃんと分かったね」。分かった/分からないのふたつの状態だけ問われるので、問われる側はシンプルに考えられる。そして、いちど覚えたが忘れるという、受験生が最も恐れるネガティブな状態を連想することはないのだ。
結論
言葉そのものにネガティブな意味が含まれていなくても、その反対語をセットにしたとき、ネガティブな連想が働くことがあるので、注意しなければならない。
吟味
看護の世界では、患者さんに理解を求めるシチュエーションが多々でてくる。患者さんに不安を感じさせず、ポジティブに取り組ませられるように、どのような問いかけ方が適切なのか、もっと考えてみたいと思った。(837文字)
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