■ 議論の整理・・・
アイヌの人々は,自分たちの食べ物も着る物もすべてカムイが与えてくれたものと考え,感謝を捧げながら暮らしていた。動物,植物はもちろん,道具類を含む世の中のすべてのものに魂(=カムイ)が宿っているとした。日本語にすると「神」とされることが多いが,アイヌの人にとってのカムイは崇め奉るだけの存在ではなく,関係はあくまでも対等であり,人間が必要としているものを与えてくれることには感謝しつつ,抗議することもあった。例えばコタン(村)で流行病が起こると,流行病のカムイの仕業だと考え,「お前の役割はここで果たすべきではない。出ていきなさい」といった祈りを捧げた。特に神謡などに出てくる厄災として語られているのが飢餓である。
■ 問題発見・・・
アイヌの人々はどうして人間界に飢餓が起こると考えていたか。
■ 論証・・・
飢餓が起こる原因を知る類話としては数多く存在するが,一つは,人間が動物達に対して礼を欠いた振る舞いをしたために飢饉が生じたとする話がある。神は人間を助け人間より拝まれることで尊さを獲得するため,神が与えたものに対する礼を欠くと,神が怒って飢餓をもたらす。そこで人間が神に貢ぎ物や祈りを捧げて,飢餓をおさめてもらうように頼むという話である。またもう一つは,人間界が飢餓になると,人間界に姿を変えて降りているカムイ(神)もまた飢餓になり,人間が餓死するとカムイもまた餓死してしまう。そこで人間界に降りていたカムイが,カムイの世界に談判をして飢餓をおさめてもらうというのである。伝承されている話というのは動態的なものである。そこには,重要なメッセージが込められるだけでなく,聞き手を楽しませようとする要素も込められているため,どこかの時点で相対的に自立的な話の各要素間の組み換えが行われていく。それは話の内容・形式と語り手の内面的思考過程の展開が関わり合いながら行われていくものであるため,色々な類話が存在する。
■ 結論・・・
そこで,アイヌの人々に伝わる神謡がどう変化して伝わってきたかを研究したいと考えている。
■ 結論の吟味・・・
貴学SFCでは実践的かつ能動的なプロジェクトへの参加を主体としたカリキュラムを実践しており,私の研究に最適な環境であるる。そこで上述の研究を進めるため,貴学SFCに入学し,アイヌの言語と文化,アイヌ語の口承文学について研究実績のある藤田護研究会に入会することを強く希望する。
(*1) 藤田護.“飢饉を主題とするアイヌの神謡 人間とカムイの世界の対称性,起原の探究,語りの自由”,千葉大学人文社会科学研究科研究プロジェクト報告書, Vol.188, pp.65-81, 2009
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