■議論の整理論
改革・開放以前、中国では国家による労働力の統一的分配と終身雇用制が実施され,労働市場の存在空間は極めて限られたものであった。改革・開放以降、中国全体がグローバルな市場競争へと巻き込まれてゆく中、上記の状況は一転し、一企業としての国営企業の再生が中国政府に とって喫緊の政策課題となった。
激化する労働紛争と国際的圧力に対応すべく、中央および各級地方政府は、労働者に対する経済的保障の拡充と工会を中心としたガバナンスの構築を進めているが、財政難、経済発展至上主義的風潮、「社会主義」下の工会の官僚機構化など諸要因に阻まれ、現状において思わしい進捗はみられない。
他方、米国でのサブプライムローン問題に端を発した金融危機と世界的大不況が経済を直撃している2008年末の状況をみる限り,中国政府としても、しばらくは賃上げなどの労 働条件の改善を一時棚上げにし、企業の経営安定と雇用の確保を優先させねばならない。こうした中で、高まる労働者の憤懣を抑制し、利益衝突を平和的に解決するためのメカニズムを構築するためには、労働者の政治参加をどの程度許容すべきか、知識人、NGO、メディアを巻き込みながら形成されつつある労働者による草の根のネットワークをどのように既存の統治体系に組み入れるべきかが、政治判断を求められる重要な争点となっている(*1)。
■問題発見
ここで、中国での労働者の政治参加をどの程度許容すべきかに対する課題について改めて考えてみたい。
■論証
労働者による草の根のネットワークをどのように既存の統治体系に組み入れる際に、政府が現状判断、コスト計算を誤れば、政治リスクにつながる危険性は大いにあり得る。現時点で労働紛争の主たる原因は、不当な解雇、劣悪な労働環境、賃金の遅配、社会保険からの排除など、経済的不満である。しかし、一部の労働争議が、単なる労使間の紛争に留まらず、地元政府への批判につながる可能性を孕みつつ展開されているということも忘れてはならない。例えば、中国の遼陽市のデモにおいて労働者が要求したのは、遅配されている賃金や退職金の支払いばかりではなかった。現段階において、労働者の抗議の矛先が中央政府や一党支配体制そのものに向けられる可能性は少ないが、政府の対応いかんによっては、労働紛争が社会勢力を巻き込んで幅広いネットワークを形成し、地方レベルで政情不安を引き起こすことも、実現可能性が高まっている。
当然ながら、市場経済化を受けて一気に行動空間を拡大した私営企業や外資企業に「全従業員が均しく企業の主人公」という社会主義の建前が通用するはずもない。いわゆる非公有制企業においては、雇用者と被雇用者の間に実質的な「労資」の関係が成立し、労働市場における圧倒的な供給過剰状況の中で、「世界の工場」を担う労働者は常に弱者の立場に立たされることになった。しかし、過度の低賃金や労働条件の悪化がエスカレートすれば、労働紛争、労働争議および民工荒により社会不安が生じ、外資が遠のくと同時に、政情不安を招く恐れすらある。労働政策を二の次に、外資誘致合戦を繰り広げてきた地方政府は、ここにきて政策の調整を迫られている。
したがって、中国での労働者の不満抑制と利益衝突を目的とした平和的に解決するためのメカニズムの構築を目的とした新しい枠組みを、既存の統治体系に組み入れる方策について論じるべきである。 (*1)。
■結論
そこで、インターネットを始めとした労働者の草の根ネットワークを活用した中国政府に対する労働者の不満を解決するためのメカニズムについて研究したいと考えている。
■結論の吟味
上述の研究を遂行するため,貴学法学部政治学科に入学し,現代中国政治を専門に研究している小嶋華津子教授の研究会に入会することを強く希望する。
※1小嶋華津子(2009)「第3章 労働者の権益保障をめぐるガバナンス」:現代中国の政治的安定 (現代中国分析シリーズ2). Vol.17, p.59- 79
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