慶應義塾大学 FIT入試第2次選考 法学部政治学科 2006年論述問題 解答例

2006年度FIT入試第二次試験概要(政治学科)

1.模擬講義の概要 •講義のテーマ:平和とは何か

  • 講義の概要: 1.平和の概念の比較文明史的考察

2.戦争と平和

3.正義と平和

4.秩序と平和

5.心の問題・・・政治の限界と可能性

6.民主主義と平和

7.おわりに

*大学1年生が受講して理解できるレベルの講義(45分)を行った。

*パワーポイント、黒板を使用した。

2.論述形式試験の概要 •論述の設問内容:講義の内容要約とそれに対する自己の見解

  • 解答の形式:A3レポート用紙形式・字数制限なし。
  • 試験時間:45分

 

【議論の整理】

「平和」とは何かについて考えたい。「平和」という概念は、日本の歴史を振り返ってもかなりの変遷をしてきた。そもそも明治時代における明治維新も、欧米列強にアジア諸国が植民地化されていく現実を知った維新の志士たちが中央集権的な近代国家を作り、日本国内に「平和」をもたらすために起こした倒幕運動だったといえる。この場合の「平和」とは「戦争が起こらない状態」のことであって、武力や軍事力の行使を全面的に否定するものではなかった。また、自国の軍備増強によって「戦争が起こらない状態」を意図的に作りだすことで、国際秩序の維持が可能となるものと考えられた。つまり、軍事力を背景にした武力の拮抗状態こそ、「平和」な状態だと考えたわけである。この状態は、武力を行使する能力を保持しなければ、相手に戦争を起こす動機を与え、平和な状態が維持されないとする考え方を背景にしている。その根本には、国際社会が「万人の万人に対する闘争状態」とする考え方がある。つまり、各国家が自国の利益のために好んで戦う傾向があるという考え方をするわけである。

一方、先の大戦後に、日本国憲法が掲げる「平和」とは、各国家は自国の利益のために好んで戦う傾向があるわけではないとする考え方を前提としている。つまり、「武力保持も武力行使も放棄することで、相手の武力行使をさせないように仕向け、結果的に国際社会で戦争を起こさせないことを目指す」考え方である。確かに、武力の否定によって「国際社会における名誉ある地位」をしめたいとした日本国憲法の平和への考え方には、理想を掲げるという意味で、意義があったかもしれない。ただ、近年の中国との尖閣問題や、北朝鮮のミサイル問題などの近隣諸国との安全保障問題が勃発するにつれて、在日米軍によって自国を守ることだけで本当に他国と実効性のある交渉ができるのか、戦後の平和的な秩序を維持できるのかという問題提起が近年なされている。

【問題発見】

さて、「平和に関する見解」を大きく2つに分けて検討した。その2つの見解で、国際平和を達成することが果たして可能なものなのであろうか。その解決策について模索したい。

【論証】

ある見方によれば、「正義」を実現させれば、国際社会に平和をもたらすことができるという考え方もあるかもしれない。しかし、各国の「正義」の概念は、各国の政治思想や宗教によって変化してしまうことが指摘できる。立場が変われば、価値観が変わり、善悪の基準も変わってしまうのだ。過去を紐解いても、十字軍や三十年戦争など、歴史的にみて数多くの戦争が起きてしまった。明治維新における日本の「富国強兵」策が元々自衛のために行われた国策であったことを先に触れたが、自衛のためではなく、価値観の違いによる戦争も起きることがある。そのため、国際社会から戦争を減らすことは、各国の価値観の違いだけに着目してしまうと極めて難しい。民族や宗教が地球上で完全に同一の価値観で統一されたことは歴史上これまでもなかった上、今後も期待することが難しいと考えられるからだ。

それでは、「非武装に基づく平和主義」によって、国際平和を達成することは可能であろうか。これもまた現実的な国際情勢によっては、極めて難しいと言わざるをえない。その理由は、非武装で平和を目指しても必ずしも他国がその政策に協力してくれるかどうかは分からないからだ。

結局、どちらの考え方をとったとしても、政治には一定の限界があるといえる。ある意味では、人間が「戦争を失くしたい」と思わなければ、戦争はなくならない。人間社会に異なる考え方を持つ集団ができ、その集団の利害が対立する以上、どうしても争いというものは、なくならない。「私は争いをしない」と一方的に宣言をしても、その宣言を逆用する人間が出現すれば、争いごとがかえって増えてしまう危険さえある。そのため、どのようにして人間社会の争いごとを減らしていくか、政治の持つ可能性を考えざるをえない。

この点、戦争が起きる危険が生じた場合、「全体主義的な独裁国家よりは民主主義国家のほうが戦争を起こしにくい」という考え方が参考になる。民主主義国家であれば、一般市民の感覚として自らの家族を無制限に戦地に赴かせるには、どうしても限度がある。民主主義の下では、戦争に反対する意見の勢力が大きくなった場合には政治体制を自らの手で変える可能性があるからだ。この民主主義の意見調整システムを導入することで、人間社会の争いごとを減らすことが可能になるのではないかと考える。

従って、国際社会から戦争を減らし、「戦争のない状態」としての平和を長く続けていくためには、世界的な意思決定システムとして、全体主義的な独裁体制を敷くのではなく、国家内部の意思決定の民主主義化を目指していくことが大切になると考えられる。

【結論】

以上のことから、「平和」についての考え方は、潜在的な闘争状態の下での「戦争の起きない状態」だとする考え方と、非武装による平和主義が代表的な考え方だ。ただ、現実の世界では、価値観が多様であるがゆえに利害関係も多様に対立し、戦争そのものをなくすことが難しい。そのため、国家の政治体制を民主主義化することによって、国民が自分達の手で平和を目指していくという手法が国際社会から戦争を減らしていくための方法として、妥当な考え方であると考えられる。

【結論の吟味】→不要

 

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